▶︎アスラ・アシュフォード:ストーリー01 固有魔法
コンコンコン、体重を乗せてボロボロな鉄の扉を開ける。
散らかった部屋が覗く。
「9年アパタイト、アスラ・アシュフォード。」
「…」
「…です。」
「よし。」
髪はボサボサで隈のひどいこの男は、この学園で美術と固有魔法を教えている。菅原というらしい。
「先生。」
「なんだ?」
「ここに来るまで考えてたんですけど、手加減って言葉あるじゃないですか。」
「あるなぁ。」
「その対義語って、『足乗除』になりそうですよね。」
「………それは、加法・減法の対義語が乗法・除法だという前提に基づいてか?」
「ですね。やっぱり、これは正しくない前提かもしれません。」
「そうか…。」
『研究室』にもこんな奴がいたっけな、と思い出す菅原先生。
「…アシュフォード、ずっと睨んでどうした。」
「睨んでません、目を見てるだけです。」
「そうか…。じゃあ、これまでのおさらいから入るぞ。」
「はぁい。」
触れたものの『終わり』をそのものの視点で視る。それが、アスラの固有魔法の基礎効果だった。
他の生徒が次々と固有魔法を見つけていく中、その学年で1人だけ詳しい効果も分からないまま4年間過ごして、ようやく「貴様の固有魔法が分かった」と告げられた時の心情。心臓の音頭で全身の血液が沸きたって、脳内に白金の小鳥やリボンが舞っているようなあの心地。
結局、4年苦しんで得られた結果はスクラップの機械に呑み込まれていく景色だった。
けれど何度か試していくうちに『終わり』の解釈が曖昧でまちまちなこと、それを逆に利用して『終わり』を『節目』のようなものと定義し、複数の『節目』…つまり複数の地点からの未来を視られることを発見する。
視た時間だけ先の未来でそのものを意図的に破壊することによって近い未来の『節目』を自由に設定できることに気がつくのは、そう遅くなかった。
「…そして、貴様の固有魔法は『派生呪文』を有することが分かっている。」
「確か、去年の秋でしたっけ。」
「あぁ。少し理解し難い話になるが…貴様の意識に『視界を借りたものを少し未来で破壊する』が刻まれたことによって所謂平行世界でもその選択をする貴様が増えた。詳しい確率の計算などには膨大な時間がかかるが…いや、夏休みの半分を不眠不休で過ごせば俺でも」
「やめてください、そういうの良いです。熱血とかキモい。」
「なっ…」
アスラ・アシュフォードは「そこまでやらなくても良い」とそのまま言えるような人間ではなかった。
「それで、今年の上半期はその派生呪文の詠唱を見つけるのに割くんでしたよね。覚えてます。」
「そうか…」
まだショックを引きずりながらも、メモ用紙に全ての呪文の源である『アルカノス神話』語句検索ソフトのURLを書き出す先生。呪文探しは貴様の仕事だとでも言うような目でその紙を渡してくる。
「…先生じゃ忙しい教師なんてやってられませんよね、私が少しでも負担を軽減できるならウレシイデス」
「口の悪さを改めろ、先生そろそろ泣くぞ」