残滓。【終】
*
キリキリと痛む肺を押さえつける様に大きく息を吸い込む。
『サイダーとソーダの違いはね、色だよ。サイダーはキラキラして鮮やかで、綺麗。ソーダは透明で儚くって、何も残らない。私はそう思うの』
なんて、側から見たら意味のわからないメールが届いて、気がつけば柄にもなく焦りながらどこかへと走っていた。君のいる場所なんて僕に分かるはずがないのに、ただひたすらに、街の中を駆け回って君を探す。理由なんて、そんなものはなかった。ただ漠然とした不安だけが胸の内を締め付ける。
切り裂かれる様な肺の痛みに思わず立ち止まった時、ふとさっきの衝動を思い出した。あれはきっと好きとか慈愛とかそんな小難しい話ではなくて……ただこう、抱きしめたかったのだと思う。それだけのことだったはずだ。泣きそうに瞳を震わせて笑う君が、取り繕う様に弧を描く唇が、あまりにも儚くて。ソーダの様な君を、手放したくなかった。
しゃがみ込んだ僕を嘲笑う様にポツポツと降り出した雨は、あっという間にどしゃ降りになる。いつもなら不快なはずの濡れたTシャツの感覚や、視界を鈍らせる銀の線が、逆に僕を落ち着かせた。ゆっくり歩きながら、風邪引くかなぁ、なんて呟いた声は、尻切れ蜻蛉の様に漂って消えた。
何気なしに角を曲がった先で目に入ってきたのは寂れた煉瓦造りのマンションで。
褪せたその景色にはどうも似合わない鮮やかな紅が、雨粒を溶かす様に染めた。
ザァ…という雨粒の叩きつけられる音だけが時の流れを感じさせる。
穿つ様に降り続ける、雨の日、だった。
手を伸ばせば触れられそうなほどの、気怠げな雲。
君は眠るように、飴細工のように溶ける赤の上に横たわっていた。
君が飛び立ったマンションの下で、涙の1つすら零せずにただ息をしている僕。まつ毛の先を伝う雨粒が、まるで泣いているかの様に震えていた。
悲しい、よりは美しい。
寂しい、よりは儚い。
あでやかに雨に結い上げられた髪で、君の死に顔が見られなかったのが、唯一心残り。
雨粒と交わった君の朱色は、サイダーの様に鮮やかで、ソーダの様に透き通っていた。
*
君がいなくても廻る世界に、ある意味僕は絶望したのかもしれない。
所詮僕は僕で、君は君だってことは知っていたはずなのに。
ソーダの泡がすぐに溶けてしまうのは、サイダーの甘みが消えてしまうのは
あまりに美しすぎるからかもしれない。
ソーダの甘さのような
サイダーの泡のような
一瞬にして絶世の恋。
けれど、恋だなんて一重に括れる様な美しい物語でもなかった。
忘れたくない。
あるいは、忘れた方が幸せかもしれない。
結局僕は、あの夏を、君の瞳の色を背負ったまま生きていくほかないのだろう。
それでも軌跡を刻むように、サイダーを飲み干す。
最後の一滴まで、氷のかけらすら残さぬように。
喉仏がドクンと鳴った。
もしもう一度君に逢えるのならば……
そんな有り得ない世界を描きながら、君の髪の柔らかさを想う。
もう一度君に逢えたなら。
今度はアイスでも乗せて、ソーダの泡を、サイダーの甘みを閉じ込めてしまおうか。
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おわり。
読んでくださった方、ありがとうございました。
素敵。なんか切なくてもどかしくて...みたいな
めっちゃ上手いです!才能ありますよ!凄いです