アニメ『どろろ』はおもしろい?つまらない?
どうも>>859
です
しかし、ここにいる老害先輩どもは、どうして
原作とは違う、だけどアニメどろろは面白かったよね
って言えないの?普通だったらさ
原作は途中で終わっちゃ炊けど最終回を見せてくれてありがとう
って言うだろ
アニメどろろを批判してる老害の人生って一体...
お前らが金だして新しいどろろのアニメでも作れカス
お前らのつまらないコメントに洗脳されると思うなよバカが!
>>861
こういうことを言う奴がよくいるんだが・・・、お前は、アニメでもなんでも、つまらない作品に触れたときには、批判するより先に、自分の金で対抗作品を作るのか?そんなわけないよね。全然現実的じゃない。
「つまらない」派の批判のどこがつまらないのか、理路整然と反批判をしなさいよ。そうじゃなきゃ、自分の好きなアニメが批判されて泣きわめいているだけの、負け犬でしかない。
酔っぱらいみたいに他人に絡まないで、作品についてコメントを書けば良いと思うし、他人が書いたコメントを読み込む能力がないなら、他人に向けてコメントはしなければ良い。
>アニメなんてそうやすやす作れるもんでもないのに冷たいとかよくかけるわ。
もとのコメントは、「例えアニメであっても人の死をやすやすと書いてくれるな」という視点で書いていても「“アニメはやすやすと作れるものだ”なんてどこにも書いていない」。勝手に解釈をねじ曲げないように。
人の死を扱ったアニメで、百鬼丸が人になっていく物語である以上は親しい人たちの死を悼み弔うシーンは重要だと思ったから、「ミオとタケだけは特別扱いで、同じように家族のように過ごした孤児たちや養父と肉親の弔いのシーンとでは格差があるのが不自然だ」、このアニメで、そこを軽く扱ってしまった理由は、とどのつまり「制作側に亡くなった孤児や寿海たちに対する愛情が薄かったからじゃないのか」と感じたことを書いている。
百鬼丸にとって、それらの人々との出会いが大切なことで大切な人たちだと制作側が考えていたのなら、ミオとタケだけに留まらず、同じ監督作品の“るろうに剣心 追憶編”の心太が皆を弔ったように、このアニメでも弔いのシーンは流さずに丁寧に書けたはずだと感想を述べた。何も根拠なく書いているのではなく、あなたみたいに唯ケチをつけたいだけで書いているのとは違う。ここをもう少し丁寧に書けばより良くなったのにという思いで書いている。
もとの内容にそぐわない1243のコメントをした1243のコメント主自身に「アニメはやすやすと作れる」という意識があるのだろう。その現れが、「じゃあお前が脚本書いてアニメ化しでもしてろよ」という捨て台詞だと思う。
>お前の文句タラタラの文より遥かに時間と金かけてるのにな。
ここはコメントを書くところなんだから、アニメ制作現場と比べることが無意味。アニメのここが良かったとか、ここをもっと掘り下げて欲しかったという意見を書くところだろ。
既出コメントに1243の人にピッタリのコメントがある。>>868
868 のコメントをしっかり読むことを勧める。
どうも>>861
です
ここにいるクソ老害どもに洗脳されず、意見に負けず
自分の強い信念や決意を持ってどろろ最終回を見ました
とてもよい最終回でした
多宝丸と百鬼丸の草むらでの戦いが面白かった。スリルがあった。でもなんか見たことあるシーンだなあ?と思ったら、プレデターっぽいね。プレデターはサーモグラフィーみたいので見つけてたから似てるのかも。妖怪との戦いもあのくらい比重を置くと良かったね。
つまらない派の中でも批判を詳細に書いてるやつは見てて「なるほど」と思う部分も多々ある。自分はおもしろい派だが正直何個かの批判は返す言葉が無かった
しかし、つまらない派の中で「原作と違う」の一言で論破した気になっている人のレスは本当に見る価値がない
中でも原作と違うと言いつつ旧アニメのオリジナル妖怪をやたら持ち上げる人は流石に草
「老害」って言葉は650ので初めて発せられたんだろうけど、例の関西弁のオッサンに対するピンポイントの言葉だよ。オッサンは自分で年齢層をにおわせていたし、864の言う≪「原作と違う」の一言で論破した気になっている人≫そのものだからね。
今、老害老害と鳴く動物みたいに吠えている奴は、自分の気に食わない人間に向けて、無差別にこの言葉を乱射しているが、「つまらない」派が自分より年増だと決めつける根拠が何かあるのかよ?あるんなら言ってよね。
「老害」連呼野郎は、「おもしろい」派ではあっても、人間としてのレベルは関西弁の老害と変わらない。こういう野郎がそのまま年を重ねると、関西弁のオッサンのようになるんだよ。そして同じように、≪俺にとって2019年「どろろ」は聖書や。。≫とか言い出すんだろう。バカバカしい。笑
871です。
どっちの派も不快なコメント書くのはよしましょうよ。
お互い合う合わないは仕方ないんだから。
読んでて不快MAXですし、他の人の事も考えてコメントしましょう。
自分は途中まで見ていて中盤まで面白いと思って見ていましたが、だんだん残念だなと感じて今に至っています。
原作と比べるなと言われますが、無理色々酷すぎますし全然登場人物に感情移入できません。
>>877
ほんとそれ
老害とか醜いだとかいちいちそんなコメしたら叩かれるのわかってんのにさ それでもやるってことかまってちゃんなんだよ。ほっとくのが一番だな
百鬼と多宝のW丸の戦いの目撃者たちが、その場で繰り広げる会話シーンには、「緊急討論!百鬼丸と国の安寧、どっちをとる?」に番組変更したの?と思ってしまった。
今までこのアニメを見てきて腹にたまっていた疑問が、キャラクターたちの口から明瞭に語られたから、カタルシスも感じたけど。どろろが兄貴をかばう台詞とかね。
でもさ、例えば村人A、B、Cみたいな連中について言えば、今回みたいに急に説明調の台詞を言われると、取って付けた感じがある。
俺ならこうする。彼らがどろろや百鬼丸に同情的に接し、絆を深めながらも、なんかのきっかけで、国の安寧は百鬼丸の犠牲によってもたらされていたのだと知り、それでもなお、「お前の犠牲の上に成り立つ平和なんかいらねぇ!」と言い、どろろがホロリとする、なんてのを描き込んだ上で、色々あって、「やっぱり、こんな苦しい暮らしは耐えきれねぇ...」と本音を漏らす、というふうに。そういうプロセスがないから、作品のテーマがそのまんま台詞で説明されている感じになる。キャラが生きてこない。
アニメーターと声優の仕事で肉づけされているから、まだマシに見えているが、脚本は酷いよ。
前半は面白いんだけど、後半になるにつれ退屈になってくる。何話だったか中盤にしょーもない話があって、聞くところによるとアニメオリジナル回だったそうで、なるほどなーって思いました。
個人同士が言い争う場所じゃないよ。
大人げないからやめなさい。
然しこのサイト、放置ひどいな。それとも管理者が個人攻撃しているのか?
このサイト。
端末変えたりブラウザ変えたり、あの手この手で一人で何度でも投票出来るから票数はあてにならない。
むしろどちらのコメントが多いか、思い入れがあるかが指標となるのでは?
>>887
>>891
まったくだ
つまらない派なんて5人くらいしかいないのに
300まで増やしやがって
>>887
前にどっかで書いたことあるんだけど、私は票数はまったく気にしていないし、詐称出来ることすら気にしてない。自分がどっちかによらず、納得・共感出来る意見がちゃんとあがることを知っている。つまり、多くの一般人がちゃんと訪れて、常識的なことを書きにくることを知っている。そもそも google 検索でとてつもなく目立つサイトなので、本物の組織票・サクラが実在したとしても、それを上書きしてしまえるほど「ごく普通の常識的な人間」がちゃんと多数流入してくる。詐称を問題にするならそもそも匿名での自由参加形態そのものが批判されるべきであって、そうしたものを運営するなら登録制でちゃんと身バレするものでないといけない。(私は別に常識人ではないけれど、常識人の区別くらいは出来る。)
何が言いたいかというと。「コメントの多さ」は指標としてはアヤシイ。けれどもコメントの内容を参考にして自分の理解を深める、ということただ一点だけが本来の指標なのではないのかと。
関西弁おじさんも老害連呼野郎も普通にコメすればいいのにね。別に他人が面白かったと思おうがつまらないと思おうがどっちでもいいじゃんね。
ここがすばらしいとかここがつまらないとかさ
どっちの意見でもまともなこと言ってる人はプラスが多い気がする。
うーん、今作を観て、「人としてこんなことは間違っている、こんな人になってはいけない、こういった言動は人を傷つけ取り返しが付かないことになるから絶対にしてはいけないんだ」という気持ちがあって、それを学べたと思うなら「おもしろい派」でいても何も問題ないんじゃない。ただ、「こんな風に人を傷つけてみたい!」とか、「よし、ここまで周囲から無慈悲なことをされたなら、人を貶めたり、斬りつけて通り魔やっても良いんだな!」と爽快に思って観ているのなら、完全にアウト。
うーん、アニメどろろを観て、「アニメが原作と違う!だから絶対につまらないんだ!おしつけてやる!人として作品批判こんなことは間違っている、こんな人になってはいけない、こういった言動は人を傷つけ取り返しが付かないことになるから絶対にしてはいけないんだ」という気持ちがあって、それを学べたと思うなら「つまらない派」でいても何も問題ないんじゃない。ただ、「こんな風に作品や、おもしろい派の人を傷つけてみたい!」とか、「よし、ここまで無慈悲な原作改変をされたなら、作品や人を貶めたり、おもしろい派を斬りつけて、作品批判という通り魔やっても良いんだな!」と爽快に思って観ているのなら、完全にアウト。
>>898
批判派でも、原作と違うから批判しているのではなく、脚本が理屈先行なことや、登場人物の言動が作り物めいているのを批判しているコメントだってあるでしょ。ちゃんと読みなよ。それらを読んだ上で論破したら、「おもしろい」派に軍配が上がるだろう。
新バージョンも旧バージョンも観ました。
新バージョンの百鬼丸やどろろの方が好きだし絵もきれいですが、24話で終わらせるために無理やりストーリーをまとめているところが残念です。
>>899
24でまとめるなら寿海との再会とかあまのじゃくはいらなかったかなぁって思う。タイトル見た瞬間に、あ~これ体取り戻さない日か~って思っちゃうんだよね。3クールくらいあるなら まあ入れてもいいけど。その辺が間延びしてダラダラするように感じるかも。
原作の良い点をあげるなら、まず個々のキャラの位置付けがはっきりしていること。
・百鬼丸は時に人も殺めるがそれは命の重みをわかった上で正当防衛
・景光も多宝丸も信念があっての行動(良いか悪いかは別)
特に改変していない以前のセリフは率直に響くものがある(今では差別的表現だが)アニキの心情がよく伝わってくる
・理屈抜きに面白い
今回アニメはキャラの立ち位置がブレがちで次第にアニメや他のキャラの変えが分かりにくい
ストーリーを見ても正直特に「ばんもんの巻」以降盛り上がらず間延びして面白いと感じない
以上
確かに今回のアニメの評価だと思うが、過去の作品と比べても別にいいのでは?
よっぽど貴方のコメントの方が悪い意味で問題だと思うわ。
あちこちにかいたことですが、ぼくは人一倍負けん気が強く、たとえば漫画でも、ある作家が一つのユニークなヒットをとばすと、おれだっておれなりにかけるんだぞ、という気持ちで同じジャンルのものに手を出す、おかしなくせがあります。
というわけで、「どろろ」は、水木しげる氏の一連の妖怪もののヒットと、それに続く妖怪ものブームにあやかって(?)作り上げた、いうなれば、きわものです。
しかし、最初の十回ばかりは、ぼくも本心からこの作品にのってしまったのです。珍しく時代もの、それも中世を舞台にした因果応報もの、ということが意欲をかき立てました。主人公の二人に自分ながら惚れぬいたのも、めったにないことでした
-----(講談社 手塚治虫漫画全集『どろろ』あとがきより)-------
というのもあり、原作ファンの中には作者が惚れぬいたキャラクター、百鬼丸と どろろの物語には、できるだけ改変は加えて欲しくないと思ってしまう者もいるのです。
だからといって、現代版のアニメを楽しんでいる人を罵っているのではないです。
そこのところだけは、お間違いなく。
それに、『どろろ』の発表時期に拘るのも?です。
漫画にしろ小説にしろ、ラノべにしろ原作付きのアニメは、いつ発表されたものだって、原作と比較されて来ましたし、『どろろ』を読んだ人は新しい作品は何も知らない高齢者という発想も?です。
原作 原作言うなと言う意見もわかるけど。やっぱりファンとしては重要な要素だと思うんだよね。
つまらないと思う最大の原因は、私は百鬼丸が全然違うキャラクターになってしまったことかなぁ。誰かが言ってたけど、こんなに変えるならキャラクターや時代も変えちゃってオマージュにしたほうが受け入れられたかも。新しいことをしようとするのが変な方向にいってわけわかんないことになっちゃった。
百鬼丸が百鬼丸じゃない次点でもはやどろろとは言えないように感じる。原作と違う!から入るからどうしてもあら探しをするように見てしまうのかもしれない。
老害連呼野郎は面白いところは山ほどあるけど書かないとか、長文は書けるけどあえて書かないとか…とんだビックマウスだわ。理由の1つや2つ書いてから言えってんだ。書かないなら荒らすなって話。
そもそも 短文でも品性のかけらも文才もない稚拙な文章だよ。
「どろろ」を知り新たなファン(仲間)を獲得できたことは嬉しい
しかし、一部のおもしろい派の発言は如何なものか
制作発表の時も話題になり有名人キャストやコラボカフェ等盛り上がったのだって手塚先生の作品でアニメ、映画、ゲーム、舞台、オマージュ作品と今まで土台があったからのこと
他のアニメより古いファン期待度が高かったのも仕方ないことで。
自分の意見を通すのに他の人を攻撃する必要ありますか?
>>915
続きですが、過去の「どろろ」と比べるなと言うことは他の作品でも映画や音楽その他もろもろにもいえるのでしょうか?
リメイク、カヴァー、リブートは元があったから出来ることで。
原作なくして今作はありえません。
>>916
おれは新旧を比べてはいない、比較対象にすらならないニセモノと思っている。
原作漫画を百回以上読み込んでアニメ版も何回と見ている者としては、「この次ああなるこうなる」と次の場面が先に頭を駆け巡るんだよ、。
新版は初回から出鱈目、
長~い長~い「万代編」をちょこっとしかやらなかったのに、原作に無いデタラメでどうでもいいとしか思わないラストシーンを長々やってる。。(↓の感想に続く)
今回も百鬼丸が悪で(ばんもんで死んだハズの)多宝丸がヒーローにしか見えないし、立身出世の為に魔神に我が子を売った悪の権化「景光」がありがたい領主様???鬼神なんて言葉知らんが?何ですか~?
キリがないが「はてな」だらけだ、、誰だって「なんじゃこりゃ?」って思うのは自然な事だよね?何十年もの間頭の中にあったものと違うんだから当然だろ?当たり前と信じていたものと違うんだもん、、
あんなモノはリメイクではなく同人作品・二次創作と言うべきだよ。
オマージュ作品と言うべきが正しいのか?。。。
音楽に例えるなら歌詞もメロディもリズムもリフも何もかも違うがタイトルだけ同じで、大筋とAメロが似てるってだけだろ?インスパイア?リスペクト?パクリ?だが全然違うモノ、、別物。
「どろろみたいな話」とかのタイトルにするべき!
インストパートや音程やKeyは変えても歌詞とメロディを変えたらカバーとは言わない。
主人公を別人にした時点で別物なんだよ!!
いままで見た感想を述べると。
新版の制作はオリジナル場面を重視して原作もファンも軽視・無視の、ひとりよがりな自己満足作品を作っているに過ぎないと言える。
「今作」なんかいらない、消し去って欲しい。。
リブートなら手塚治虫「原作」ではなく「原案」か「参考」と表記するべきだろ?
俺的にはニセモノと分かっていたら初めから見なかったし、「詐欺られた」「騙された」とも思わなかったし、怒(イカ)る事もなかったんだよ?
関西弁のオッサンより。
「関西弁ではなく日常語なんだがw」
>>918
相変わらず長文を書く割には内容が非常に薄いし
批判も抽象的だな
脳味噌を鬼神に取られたの?
>>921
別に薄い内容じゃないだろ。賛否両論あるかもしれないけどまともに書いてて問題ないじゃん。短文でも作品の評価もせずあげ足しかとれん奴より内容濃いだろうよ。どろろが好きなんだというのがよく伝わる。
>>922
そうですよね。
ムチャクチャ言ってる誰かさんよりは伝わるし言いたいこともわかりますよね。
ファンとしては今回、余り期待はしてなくて見てみたら以外と良かったので、途中までは楽しくそれなりに観てたんですが…
裏切られたと言いますか自分とスタッフの考えが合わず悲しいです。
多宝丸も長生きしてたので、やっとファンの納得する結末かと思った自分が馬鹿でした。
グッズも集めるほど入れ込んでいたので。
>>922
そうだね。このおっさんの場合、「キチガイの関西弁おっさんを騙る」ことで発散してたことだけが非難されるべきなだけであって、原作愛も論点も間違っちゃぁいない。というか改心したのかもしらんが、少なくとも918を読んで内容が薄いと思うのはちげーだろうよ。
>>921
お前のせいで、関西弁のオッサンが、相対的にまともな人間みたいに見えてるじゃないか。笑
お前が不倶戴天の敵として憎んでいるはずの、原作と違うの一点張りの典型であるオッサンに、塩送ってんじゃねぇよ。笑
>>930
敵とか味方とか何と戦ってんだ?
強いて言えば関西弁のおじさんは途中途中共感するコメントあるよ。死ねとかボケーとか言わなきゃ別に気にならん。面白いの一点張りで具体例もあげられん奴のほうが敵かもしれんな。
>>938
敵とか味方とかいう態度で何かと戦っているのは、老害連呼野郎と関西弁おじさんでしょ。おじさんも、「制作のイヌめ!消えてなくなれや」なんて暴言さえ吐かなきゃ、一個人のコメントとして普通に読めるのに。考えが異なるというだけで他人を目の敵にして、暴言によって自ら敵を作り出しているのは、おじさん自身だからね。
>>967
930は921への皮肉でしかなく、敵味方意識で何か言っているわけではない。
「面白いの一点張りで具体例もあげられん奴」であっても、死ねとかボケーとか言わなきゃ敵だとも思わない。
>>983
ちょっと意味がよくわかんないっす。面白いの一点張りな人と関西弁のしねーボケーって言う人違うよね?皮肉なのはわかってるけど敵がどうこう言ってたのは老害連呼してた人でしょ。
私は単に関西弁のおじさんはしねーボケー言わなきゃ気にならないから敵とは思ってないと言った。しいて言えば老害連呼してて面白いの一点張りで批判しかしない人のほうが嫌と言っただけ。
>>997
死ねとかボケーとか言うのは敵対的発言だと思うんですが?老害連呼も同様。
意見が異なるというだけで相手を敵、というより人間以下のように罵倒するという点では、この二人は同類だと思う。
「面白いの一点張りで具体例もあげられん奴」というと、老害連呼野郎の他にも「おもしろい」派のコメントのほとんどが当てはまるけど、そうしたコメントに不満は感じても、敵とは思わない。老害と連呼するのはアウト。そういう意味。
>>998
あなたの言ってることは会話の流れを見ないで一文だけ見れば正解だよ。
ただ、今いってんのは、930にお前の敵に塩送るなって言うからどっちかっつーと930のほうが私にとっては嫌と言っただけでしょ。
誰も死ねとかボケーを言っていいとか言ってないし そんなのわかってるよ。あなたが、二人は同類だって言うならそれでいいじゃない。ただ私は、関西弁の人は死ねとかボケー言わなきゃ気にならないしマシと言ったんです。
それをどうしてあなたに いやいや!二人は同罪でしょ!って押し付けられなきゃいけないわけ?なんでそこつつくかな。 同じようなもんだとは思ってるけど横やりいれる相手違わない?もう噛み合わないからこのへんにしとくわ。
>>1014
「930にお前の敵に塩送るなって言うからどっちかっつーと930のほうが私にとっては嫌」
この最初のところ、「930が」と書きたかったのか、「921に」と書きたかったのか、どっちなんでしょう???前者なら、「930のほうが」はそのままで通るけど、後者なら、これも「921のほうが」の書き間違いということになりそう。
997に「敵がどうこう言ってたのは老害連呼してた人でしょ」とあるけど、その人自身が「敵」という言葉を発したわけではなく、その態度が、相手を敵視しているわけでしょう。その論理で言えば、意見が異なる相手を敵視している、という点においては、「死ねとかボケーとか」言う人も同類、と考えても変ではない。この点を除けば、関西弁の人の方がまだ具体的な意見を言っているだけマシではあるでしょう。老害連呼していた人と関西弁の人とが全面的に同類だと言っているわけではないのなら、何も押しつけということでもないと思いますが。
>>1016
921と930同じ人じゃん。流れでわかるだろうよ。押し付けてるかどうかは自分が決めることじゃない。第三者がそう感じたらそうなるわけ。自分がセクハラしてるつもりなくても相手がそう思ったらセクハラになるでしょ。いい加減しつこいよ。
>>1027
921と930が同一人物なら、自分のコメントに自分で皮肉を言ってるということ?意味が分からないな。
貴女がどういう「流れ」を感じて同一人物だと確信しているのかも分からない。
「第三者がそう感じたらそうなるわけ」だとは一概に言えないけど、それ以前にまず、「第三者」というのは当事者ではない人のこと。貴女が言っているのは、自分が押し付けと感じたから押し付けなんだ、という主観的な感情なんだろうけど、あなた自身は第三者じゃなくて当事者。
>>1016
もうさ 930の人かどうか聞いても答えんし、これこそ何と戦ってんのやらだわ。ここはどろろのスレであって関西弁のおじさんと老害連呼野郎どっちがマシか?ってスレじゃない。回りも迷惑だろう。最終回でもう今後そんなにコメントせんだろうからこれで失礼します。
>>918
コメントを付けさせていただいておりますが、意見を押しつける気はないので面倒でしたらスルーしてください。
「オマージュ」の件なんですが、オマージュの意識があっての制作なら、百鬼丸が女(陸奥)を斬ったり、縫の方の 我が子百鬼丸を「救えませぬ!」発言は、ストーリーには盛り込めないのではないかと思います。この辺りは、原作者の手塚先生が最も大切にしていたこと、弱者へのいたわりと母の慈愛、普遍的な愛に関わる部分なんで。
今作については、どちらかというとオマージュと言うよりも、原作『どろろ』をもとにした、パラレルワールド、とかシュミレーション世界だと感じています。
>>929
間違えました。シュミレーション世界じゃなくて、「シミュレーション世界」でした。^^;
>>918
「関西弁ではなく日常語なんだがw」って、だからあんたの日常語が関西弁だから、ここでも関西弁で罵詈雑言を並べ立ててたんじゃないの?ちょっと、言ってることがわかんないです。
原作と違うから受け入れられないっていう、あんたの感情そのものは、否定しようとは思わんよ。だがあんた自身は、今まで口汚く関西弁でコメントする中で、「死ね」だの「あほ」だの「ボケ」だのと言って、異なる考えを否定し続けていたからね。そこについては、謝罪と反省があって然るべきだと俺は考えるんだが。
>>940
いやいや、それはない。ニュースで動画が取り上げられるような、店員に土下座を強要する客は、相手のささいなことに激怒して、罵声を浴びせる人だろう?
関西弁オヤジさんは、アニメの出来が気に食わないのは仕方ないが、制作者に対して死ねとかなんとか、人の頭を土足で踏みつけて土下座を強要するようなことを散々言ってきたんだから。さらには、自分と意見が違うコメントをした人のことも、同じように扱ってきた。
最近は文体も穏やかになり、罵声を浴びせることも無くなったから、951のように、改心したのかな、と思った人もいたくらいだが、今までが酷すぎたから、ほんとに関西弁オヤジさん自身が反省したのかな、と確認したくなるのも自然なことだろう。現に、早くも946で、関西弁も復活し、「制作のイヌめ!消えてなくなれや」などと罵声を浴びせている。
940と、それに賛同投票している人は、事の軽重や善悪を見る目が、ズレているんじゃないかな?
>>952
まあね ただなんつーか他の人が言うならわかるけど、老害連呼野郎は自分のこと棚にあげてなんだろうと思った。言わんとすることはわかるよ。
>>952
私が書き込んだ後で早速暴言はいたのね。なんでいらん一文いれるんだか。今ここみてる人なんて10人くらいしかいなそうだけど。その中の二人が暴言はきまくるってお粗末だわ
>>918
手塚先生が『火の鳥』で、歴史上の人物の新解釈をしたのと、似たところもあるんじゃないの。例えば「乱世編」の義経は、俺らが一般に抱いている義経像を大胆にアレンジしている。義経ファンからしたら、「こんなの義経じゃない!」「勝手な想像ばっかり描きやがって!」と反感を呼びかねないキャラクター。けど、その新解釈を通して、義経に対し、今まで考えもしなかった角度から見るようになれた。(歴史マニアなあんたの意見は違うかもしれんが)
俺がこのアニメに感じる不満は、新解釈をしたことではなく、それが、手塚先生の義経のような深みや面白みにまで達していないことだよ。
原作が漫画の神様こと手塚治虫であることも恐れずに
不要な箇所はバッサリと切り捨て、今作のオリジナル要素を追加したのは英断だ
中でも特に百鬼丸が会話が出来ないところから始まることにより、体だけではなく人間性をも徐々に取り戻していくあたりに深い成長感を感じ、毎回続きが見たくなる
>>917
バッサリと切り捨てられたのが不要な箇所だったのかは、色んな意見があるだろうけど、マンガの神様に対して委縮せずに、大胆な新解釈を打ち出そうとしたのは、いい姿勢だと俺も思う。
百鬼丸が、コミュニケーション不可能から始まって、徐々に人間性を獲得していくスタイルも、評価してたんだよ俺も。最初のうちはね。
だけど、期待していたほど「深い成長」が感じられなかった。もっと、どろろと少しずつ言葉を交わすようになり、細やかな心のあやを理解するようになっていき、どろろ以外の他者とも、百鬼丸なりに関わりを結んでいく話になっていてほしかった。
だが実際は、どろろとさえ、会話と言えるほどの会話も成立せず、どろろ以外の人間との関わりも皆無に近いまま鬼神化へ。人間的な感情を持つ以前の、幼児のようなままダークサイドに落ちたから、彼の哀しみに心動かされない。
別に、あなたの感想にいちゃもんをつけたいわけではなく、飽く迄も俺の感想ね。
個人的にすごく気に入った作品です。この作品は百鬼丸の成長とそれに伴う感情の変化を楽しむものだと思います。いまいち面白くないと思う人は、是非百鬼丸の心情を思ってみたり、それがどのような影響をもたらし、成長したかを考えながら場面を見てみると、今まで見えなかったものも見えてくると思います。
俺の事を、老害連呼野郎と言ったりしてひどい連中だな
無礼なお前達とは違い「面白い派」の俺が1000コメントを踏んだのは必然だったという事だ
とりあえず勘違いしないでほしいのは>>919
のコメントは俺ではないという事だ
面白い派も何人かいるらしいのでな
>>918
を読んだが「どろろ」ではあるが別物の「どろろ」というのが伝わってきた
なるほど、
全く何てことだ!原作を知らないがゆえに
こんなワクワクした気持ちでアニメどろろの最終回を見る事が出来るなんて!
間違った、いや>>919
も俺ではないんだけど
俺が言いたかったのは>>921
は俺じゃないって事だ
たしかにお前ら「つまらない派」のヤツらは
鬼神のごとくアニメ批判してくるけどな
相変わらず臭いセリフのオンパレード。
それでだらだらよもよもぐだぐだしてる。
なので30分がめちゃくちゃ長く感じる
>>920
分かる。
23話の村人との会話、下らない会議みたいだった。売上をあげるんだ!で、その方法は…。皆で今からやるんだ!
あぁ、この時間返して~、みたいな。
失礼を承知で言うのなら、醍醐夫妻のキャラクターとか寿海は脚本家さんの実体験をもとに、どろろと百鬼丸に対しては自分が好きなラブストーリーとして盛ったような印象。
男が男に惚れるという感覚が分かる、男性が脚本書いた方が百鬼丸はもっと格好良くなったと思う。話しを受けるかどうかは分からないけど、意外とあらすじについては宮崎駿が関わった方が面白くなったんじゃないかという気がしている。
おもしろい?つまらない?の票数がウソだとか無効だとか言うつもりは無いんですけど、放送開始したばかりのころに投票したあと、このサイトにずっとい続けて、その時々の気持ちで投票し直している人が、どれだけいるのか?が疑問なんですよね。
最初のころだと、コメントへの投票も、+-あわせた数が二桁三桁いっていたのが、今は多くて十何票でしょう。サイトに参加している人そのものが減っている。
なので、現時点で一応は76%と23%、数では優っている「おもしろい」派は、どこをどのように面白いと評価しているのか気になるところですが、あんまり具体的な批評を読む機会がない。「深く流れるような展開」とかなんとかいう、漠然とした抽象論が目立つので、困惑しています。
>>937
そう言えば何故か、このサイトの
現代版どろろと原作版どろろはどっちが好き? には、
現時点では、現代版のアニメを指示する方のコメントが1件もないですね。
それもちょっと不思議。
>>937
その疑問は私も以前からありました。
例えばですが、あなたが感じる桜の美しさを教えて欲しいと訊ねた返答が、「普通に美しい」とか「単純に美しい」や「深く流れるように美しい」だとしたら、何かピンと来ません。
訊ねている側としては、ふくらみかけた蕾の可憐さ、満開の桜の咲き誇るような美しさ、色の濃淡の美しさ、散っていく儚さを、言葉で表現して返答して欲しいと考えます。
それだけだと抽象的で分からない、もっとちゃんと説明して欲しいと再度訊ねた返答が、
「わからないの?じゃあ、桜そのものをじっと観察してごらん、きっとあなたにもその美しさが伝わるから」と返答されても、やはりそれは返答にはなっていない。
自分も桜をみた上で質問しているのだから。
訊ねている側は自分のことを訊いているのではなくて、相手が感じたことを知りたいと思っているのです。
ここで一行コメントに首を傾げる側は、もっと中身に触れたコメントを読みたいと思っているのです。ですが、中身に触れたものが極端に少ないのならば、中身が薄い話しなのだと判断するよりなくなりますので。
原作では景光に連れられて、嫌々ながらに縫の方はタライに乗せられて流されて行く百鬼丸の姿を見送ったのだけれど、こちらでは百鬼丸を流したのは産婆さん。そして、その百鬼丸が助かる切っ掛けを作ったのも産婆さん。(まあ、琵琶丸がいなければ、この後、百鬼丸がどうなっていたのかは分からないけれど。)現時点では縫の方よりも産婆さんに深い母性と慈愛を感じる。縫の方よりも産婆さんが可哀想で。もし、あの産婆さんが生きていたら、百鬼丸にたくさん愛情を注ぎ込めたんだろうな。
脚本家さんが、おばあちゃん子で両親に、あまり構われていなかったのかな、なんてつい想像してしまうぐらい現代版のアニメどろろは、現代の寂しい核家族の物語を観るようで。あまり妖怪も出てこないので余計に。自分の場合、このアニメが全体的に冷えた感じがするのは現代版のコミュニケーションがすれ違っている家族像を見るようだからかな…。
原作を抜きに考えても
単純に
アニメとして上出来!!
特に4話は さすがはるろ剣の監督さん 剣術アクションの迫力 そして脚本家の方の演出力共に このアニメのポテンシャルが伺える!!
これは 期待できる
>>943
>原作を抜きに考えても
どろろの事も手塚作品もどうでもいいって事やな?
制作のイヌめ!消えてなくなれや
>特に4話は さすがはるろ剣の監督さん 剣術アクションの迫力 そして脚本家の方の演出力共に このアニメのポテンシャルが伺える!!
監督?そんな奴のことなんか知らんわいや、どうでもええわww(最初に田之介と百鬼丸が対決するシーンは漫画の方が面白いと思うが?あの回に関しては、妹が百鬼丸をバケモノ、ひとでなし、と。泣きながら罵しるとか、ナゼ登場人物の悲哀を丁寧に描かれへんのん?と不思議に思う)
どろろは剣客モノやあらへん、、
地べた這いずり回る様に泥臭く地道に如何なる手段を用いても目的を成就させていく作品だ(百鬼丸的には)。
見た目のカッコ良さなんてどうでもいいんだよ、、
どうせ、外注々々で適当に作ってるんだろ?w
>>946
あなたの意見は尊重するし、賛同できる部分もある。だけど、ひとのことを「制作のイヌめ!消えてなくなれや」、これはないでしょ。
賛同投票している人は、意見に賛同しただけかもしれないが、単に+の数字を増やしただけだと、一緒になってひとをイヌ扱いした格好になりますよ。
>>969
やり合っているように見えるけど端から見ると友達みたいに見える。オジサンは待ってるみたいなコメしてたことがあったし。
>>943
「期待できる」とか「特に4話」とか、最終回目前のこのタイミングで言われましても。あなたがこのアニメを楽しんでいるのは構わないんだけど、今頃そんなこと言われても・・・というのが正直な印象。
原作を抜きに考えても、後半に入ってからの、人工物感が強すぎるキャラクター達に対しては、違和感が強いよ。4話くらいの頃は、キャラクター達にも血が通って見えたし、感動できる回もあったのに。
ずっと琵琶丸のことで疑問に思っていたんだけど、唄を歌わず、琵琶を弾かない琵琶法師って…原作の方でも琵琶は弾いてなかったかな? でも要所要所で唄は歌っていたんだよね。飄々とした調子で。
こちらでは琵琶丸の琵琶を弾きつつ歌う場面は、はたしてあるのか。
ちょっとぐらいは歌ってくれないと、世間話と見物好きの座頭市に見える。
折角の琵琶法師設定を是非、生かしてくれ! 琵琶演奏と歌を披露して欲しい!
このままだと伊達眼鏡ならぬ伊達琵琶を背負った琵琶法師風のおっさん!
まあ、そもそも、いろんな意味で妖しい人なんだけど。
つまらない派だけど、琵琶法師設定を生かしたリアルを見たいものだ。
原作通りの歌詞だと、スタイリッシュから遠ざかって馴染まないから歌はカットってことなんだろうけれどもね。
声優さんをそのまま起用は難しくとも、本業の方に演奏と歌をやってもらって、かつ格好良くって、やろうと思えば出来ると思うんですけどねぇ…。予算が足りないとか?
とつぶやいてみた。
本当にもったいない 自分はつまらないに入れはしたが1話からとても引き込まれたし5・6話は今年トップ10に入るんじゃないかと言うくらい最高のできだったと思う。
しかし1期の8話からだろうか、物語が進むにつれワンパターンでグチャグチャな展開が目立ち最初の頃の繊細な表現が嘘のように浅いストーリーだと思うようになってしまった
途中で息切れするくらいなら1クールでよかったのではないかと思わずにはいられない 本当にもったいない
>>962
5と6話というと「守子唄の巻」。ごめん、自分はそこまで評価してないんだけど、あらためて振り返ると、みおの描かれ方が独特だった。
原作や旧アニメでは、百鬼丸の回想にしか登場せず、直接的には言葉を発しない。対して、このアニメでは、登場シーンも長く、侍相手に何をしていたかも描かれていた。「仕事」による体の疲労も描かれていて。その分、過去作では思い出として美化されていたのが、より生身のキャラクターになった。過去作では、菩薩のような娘だったけど、このアニメでは、菩薩のようであろうして懸命に生きた娘に見えた。
過去作では、百鬼丸に愛や温かみを与えてくれた存在だったけど、このアニメでは、それが打ち砕かれたことによって、百鬼丸の闇落ちのきっかけにもなっている。だけどそれを、原作をねじ曲げた改変だ!と叩くのは短絡的だろうね。原作の百鬼丸は、みおの死によって自分の心は死んだと言っている。このアニメは、原作のそうした部分を読み取った上で、新しく組み立てなおしたんだと思う。
どうせ組み立てなおすのなら、みおの登場は終盤に移して、百鬼丸にも、もっと人間性を取り戻させ、みおとの出会いで本当の人間になれたと思ったところで、人間社会の残酷さに直面し、闇落ちするという方が、痛切な話になったんじゃないのかな。
>>963
制作陣営がみおというキャラクターを活かしきれなかったように感じてしまいました。
私も以前はみおの登場を終盤にすべきだと思っていました。(最近ではアニメ版にみおが登場したことも忘れてしまっていましたが…)
最近、百鬼丸に「俺にはどろろがいる」と言わせていましたが、それほど百鬼丸とどろろの関係性が深化している終盤にみおを登場させると、どろろvsみおの構図がややこしくなってしまうんですよね。どろろの存在が薄らぐというか。
だから序盤にもってきたのかなぁと考えていたのですが、そうすると今度は百鬼丸とみおの接点が薄くて、百鬼丸がみおに入れ込んだ動機や理由がよくわからず今でも消化不良です。
歌声と魂に一目惚れしたと思うようにしていますが。

