アニメ『どろろ』はおもしろい?つまらない?
>>589
体を取り戻すことが、他の人々にとっては災いになるって設定は、ちゃんと描き込めれば、深いドラマになったかもしれない。
それをやるなら、百鬼丸が喋らず無表情って設定はやめた方がよかった。それか、今くらいにはちゃんと人間らしい悩みや感情を見せるくらいに成長しているとか。周りの声に対して無抵抗な百鬼丸が言われっ放しに見えるから、後味悪いのかなと。
やろうとしていることが、とっ散らかっている感じ。
>>594
そうそう 設定的にはまあ斬新で悪くはない
やっぱり百鬼丸を早いうちに感情持たせるべきだった。逆流の巻の百鬼丸くらいわりといい感じ
「今の百鬼丸は・・・取り上げられた玩具を泣いて取り戻しに来る幼子のようなもの」
>>589
の「小さい子供がおもちゃをとられた時みたいに俺のだ‼しかいわないし」は、作ってる方もそういう気持ちでやってたんだなぁ。笑
この奥方の台詞でもう一つ注目なのは、多宝丸も同じだという言葉。二人は反転した鏡像のようなものなんだろうな。二人で一つのキャラクターというくらいのコンセプトで描いているのかも。
陸奥の「私は若の右腕、兵庫は左腕として」という台詞に対応するように、それぞれ右腕と左腕を百鬼丸に斬られていたのが皮肉。
>>615
意図的にそうしてたなら演出としては成功だね。面白くはないけど。最後まで魅力にかける百鬼丸だ
589
所詮幼稚なニセモノ、、贋作でしかないっちゅうこっちゃね?ww
主人公に感情移入不可能なドラマなんて子供はおろか誰も面白いと思わんよな???ww
>>592
主人公に感情移入できなきゃ面白くないって考え方こそ幼稚。MWの結城美知夫には感情移入できないが、めっちゃ面白いし、大傑作だと思う。子供はおろか、っていうより子供は、そういうのを面白いとは思わんだろうけど。
このアニメの百鬼丸も、自分が体を取り戻すと人々に災いをもたらすのだと知り、俺は災いの元なのか?と葛藤した挙句、子供みたいに「俺のだ‼」って言うんなら、違ったかもしれない。そんな百鬼丸に反撥や怖さは感じても、そこに一個の、血の通った人間がいると思えただろうから。
だけどこのアニメの百鬼丸は、体を取り戻すことに喜びを感じているのかもよく分からんサイボーグ野郎。だから、>>589
の言うように、玩具を取り上げられた小さい子みたいにしか見えない。
今のどろろの事なんてどうでもいいし興味ないから何をのたまっとるのかサッパリわからんわw
要するに年端もいかん奴が作って、それを喜んで見てる子供がおるっちゅう事なんやろ??w
>>595
「どうでもいい」とか「興味ない」とか大ウソつくなよ。嫌いだとか、不満だとかにせよ、無視できないからここにいるんだろ。
それとも、話し相手が欲しいから、ここで大声出して、かまってもらいたがってんのか。「ワシらの見ていたどろろは~」とボヤくだけの年寄りの介護施設じゃないんですよ、ここは?
この投票トークには「現代版どろろと原作版どろろはどっちが好き?」ってスレッドもあるんだから、そっちに行きなさい。
>>595
仮に、ホントに今のどろろがどうでもいいんだとしても、そのことと、「何をのたまっとるのかサッパリわからん」こととは、論理的な関係がない。
手塚先生の名作MWが、お前さんの「主人公に感情移入不可能なドラマなんて子供はおろか誰も面白いと思わんよな???ww」という幼稚な見解をブッタ斬っておられるのだ。
原作、昔のどろろを見ていないのですが、楽しめてます。いろんな方のコメント見てると昔のどろろの方が深みがありそうで面白そうですね。
個人的には、百鬼丸が自分より国を取った親族とどう立ち向かっていくのか今後の展開が楽しみです。その心の葛藤をしっかり描いてほしいです。
原作:手塚治虫 と、なっているから毎回見てるが。
話も絵も何もかも手塚先生の作品と違う、、
似せて作ったモノと言うより、盗作物って感じだな。。
こんなもんアンダーグラウンドで勝手にやれや!!
DVDだけで売り出してたら騙されて買ってたかも知れない、カミソリ毒物爆弾入れて送り返してたかもだゼ?
>>604
盗作は、オリジナルの振りして人のアイデアをパクることだから、定義からして、「原作:手塚治虫」と書いてあるのに「話も絵も何もかも手塚先生の作品と違う」アニメは、盗作とは真逆の何かだろ。
「DVDだけで売り出してたら騙されて買ってたかも知れない」ような人間に向けてか知らんが、タダで放送してから売り出してんだから、そんな仮定の話をしても無意味。
原作とは別物だからと無視しようにも、中にはほぼ原作の通りにアニメ化している部分もあるから面倒なのは認める。でも、絵が原作と違うのも受け入れ難いのなら、何の意味があって「毎回見てる」のか。
ここで罵倒コメント吐きたいがためだけに見ているんなら、限りある時間を無駄にしていると思うんだが。
>>604
こんなテロ予告みたいなのにプラス投票せん方がいいと思うんだけどね。なにも逮捕されるわけじゃなかろうけど、スレが無用に物騒になる。
>>604
日本語が理解出来ないバカしか見てないんだねw
これが日本の現状ってやつなのか?
それとも読解力のない外国人なのかな?w
文句言いながらなんだかんだで観てる奴が多いんだよな、気に食わないなら何故視聴を続けるのかホント謎だぜ。
>>610
おっしゃる通りです。でもどろろが凄い好きで見るんだけど 好きだからこそ文句言いたくなっちゃう。でも見ちゃう
たまに原作と同じシーンが出てくると嬉しくてまた見ちゃう で、違うと文句言っちゃう
すんません
返信モードを解除しても、>>を付けたら返信になっちゃうのかな。615のコメントが上の方になっちゃった。
ミドロが百鬼丸とコンビになるようだが、ミドロは、同情すべき理由で妖怪化した代表格だからだろうな。百鬼丸は、多宝丸に鬼神と呼ばれ、それに怒りながらも、余計に鬼神みたいになりつつある。鬼神には鬼神の事情があるんだぞというコンビになるんだろう。百鬼丸の体を求めた鬼神に何か事情があったのかは知らんが、醍醐的には、百鬼丸を鬼神にくれてやったのも、国の荒廃という事情があった。みーんな事情があるんだよ、という世界観だな。
朝倉氏は信長に滅ぼされるまで存続した事は史実から分かっている事やんけ?
それでもコジキ侍(景光曰く)一人殺す為に兵力裂くん?w
朝倉氏が信長と戦った時2万もの兵力があった事も周知の事実なのに2千て、、制作はアホなのかw
だいたい醍醐景光は田舎豪族なん?大名なん?
当時主流の山城も持たないなんて、田舎豪族にしか見えんよ?w
それと、いつから主人公は多宝丸になったん?
タイトルはいつ「醍醐多宝丸」になるんかな?ww
ばんもんでろくな話もしていない百鬼丸のおかんが百鬼丸の心情を語るのも笑止千万、不条理この上ない。。
ばんもんで丁寧に百鬼丸の心情を描いた手塚先生の原作が台無しだ(怒)
腕斬りおとされて痛がらないやつってどうなん?
サイボーグなのか?w
動物の絵が下手すぎw
手塚先生は昆虫や草木を描かせたらまるで写真の様だった、動物は擬人化したような絵で素晴らしかった。。
あと、
何でここでミドロなん?
理解でけへんワ、ヘソかんで死んじまえ~w
>>618
朝倉が信長に滅ぼされるのは史実から明らかって、その当事者である連中が、彼らにとっては未来である史実を知ってるわけないだろ。鬼神か仏様からのお告げでも無いかぎり。
なんでミドロが出てきたのかは、次回に話が続いてるんだから、それ次第でしょ。今の段階でブーブー言うのは、堪え性が無さすぎ。ミドロは妖怪化した理由が同情すべき存在だから、妖怪=悪ではない。それと百鬼丸を組ませることに何か意図があるのかもしれん。それくらい想像つくだろう。そうした何らかの意図が次回で成功しているかは分からんが。
理解できないのはお前がバカだから。バカの一つ覚えで「ヘソかんで」どうのこうのとガキみたいなことばっか言ってんじゃないよカス。
このアニメは色々と欠陥が多いし、絵がヘタなのにも同意だが、お前の知能と人格の欠陥の方がデカい。このスレで批判意見をシッカリ書いてる人らとの間に越えられない壁がある、低脳ランドの住人だな。
>>618
自分が知ってる史実と違うとか、自分が知ってるどろろと違うとか、自分が知ってることと違うっていう文句しか言ってないな。
「つまらない」派でも、まともな人は、作品としてここが不満だという批評をやっている。それができないバカだから、自分の思ってたのと違うっていう、玩具を取り上げられた幼子のようなことばっか言ってるんだろうな。
>>618
馬は手塚治虫要素を踏襲してて ミドロっぽかったんじゃない?睫毛バサバサだったし。
今回の話はわりと悪くなかったよ
多分百鬼丸が感情をあらわにしたからかな。
テンポも早いほうだしね。大体にしてミドロの話は漫画でも冒険王にうつってからだし後半じゃん。
今 万代の巻とかばんもんをやったら は?ってなるけど。別にへそかんで死ぬほどのことじゃね~な
>>620
とあるアニメのファンラジオの投稿コーナーでの、2ch/5chスラングを誤用するカワイイ母親を思い出して吹き出した。というかあんまりお子さまをイジメないであげて、増長するから。
今作の登場人物は、俗に言う他力本願な人ばかりで、そこが原作との大きな違い。他力本願な人ばっかで構成されているから原作の魅力が何にも伝わってこない。
民衆は、お天道さまと領主のご機嫌を考えるだけで、特に何も努力をしていない無知で無力で気概のない、ただそこにいるだけ、守護されることばかりを考える存在として描かれていて、何も魅力がない。
原作のばんもんの巻や百鬼丸が妖怪と格闘するときには、唯の虐げられるだけの弱い存在ではなく、目の前に立ちはだかる巨大な障害を乗り越える大きな力として描かれていたのに。
だけれど今作では、ただの添え物扱いで、百鬼丸自身ががそう言っているわけではないが、一視聴者側からすると、百鬼丸にとっての足枷のような存在になっているだけ。本当に民衆は唯のアホのようになってしまっていて、空気みたいな存在というか、まだいないほうが良いんじゃないかってぐらい。
村人は、お自夜や百鬼丸に村の情報をちょこっと提供してくれるだけで、RPGの通行人みたいな扱いで、本当につまんないよ。原作でも確かに民衆は主役じゃないよ。だけど、今作のは、あまりにも扱いが空気過ぎるよ。
けれど『どろろ』って、結局は「人について描かれた物語」でしょう。なのに、人になんの魅力がないっていうのは大問題だよ!
醍醐のおっさんはと言えば、我が子を差し出してまで鬼神に国を守らせたわけだが、まさか、それだけで鬼神が永遠に醍醐の地を守ってくれるとでも思っていたのだろうか?…だって、本来、鬼神って人に仇なす存在なんでしょう? 醍醐って本当に浅はか。
領民からは名君と呼ばれているようだが、本当には後進のことは何も考えてこなかったのでは?鬼神が契約を守っている間に国を大きくすることや、後々には起こるであろう干害や疫病に備えるにはどうしたら良いのか、技術革新や人材を育てるといったこともなく、ただ田畑の見回って苗の育ち具合を見ているだけ、疫病がはやれば村に火を掛けるだけ。他の誰だって出来るようなことしかしない、本当に唯の凡人で無能な男だ。
この醍醐は武力を持つ以外、なんの魅力もない取るに足りない男にしか見えないし、自らは長子 百鬼丸を鬼神に差し出したことで、自己犠牲をアピールするけど、果たしてそうなのか?
干ばつが起きたり疫病がはやるのも、本来の領地の姿に戻って行っているだけなのに、自身の力で何も努力してこなかったコヤツ醍醐は、長子 百鬼丸を逆恨みするだけ。本当に胸くそ悪いヤツ。
諸悪の根源の男今作では善人みたいに描かれているけど、唯の偽善なんで、なんも面白くないんだよ。
醍醐は多宝丸に目を掛けて愛情を注いでいるかのように見えるが、結局のところ今作の醍醐は無能なので、もしも目の前に百鬼丸が現れないまま国が傾いたのなら、今度は孫を鬼神の生け贄に差し出したんじゃなかろうか。つまり、醍醐に取って多宝丸とは自分の血統を守り伝えるための存在でしかなく、孫たちの中にも次の生け贄となる子=百鬼丸、家督を継ぐ子=多宝丸と、仕分けていったんじゃないかと思う。
仮定の話だけど、これまでの話からではそうとしか思えない、本当に、うっすーい、つまらない人間にしか見えんのだ。
我が領民のため、我が領民のためって、身内から生け贄を差し出す以外、策はないのか、おまえは!!
そんなことしかできんヤツにしか見えなくてイライラするよ。
ちっとも戦国武将に見えないから、本当に、この醍醐には何にも魅力を感じない。
他力本願の先が鬼神にあるか、百鬼丸に向かうかの違いだけじゃないか。つまらん男だ。
原作の醍醐は暴君だったけど、百鬼丸と再会したときには父親らしい情の欠片を見せていたけれど、今作の醍醐は唯の外面が良い偽善者、DV男にしか見えん。
醍醐は原作のように、はっきりとした暴君として描かれていないので、物語本編もモヤモヤっとしていて、痛快な感じが一切なく、ジメジメしていてつまらない。
今作の寿海もジメジメしてるじゃない。
「ワシは百鬼丸を救ったつもりで、その実、より不幸な存在にしてしまったのでは…わしはおまえにとっての鬼神なのでは…」みたいなことを言い出すし、自ら百鬼丸に手足を与えて武芸の手ほどきをしておきながら、再会したら義足を作ってやらずに目の前で壊し「ワシはおまえを救えぬ…」ってなんですか?
そんな余計なことは言わずに黙って義足を作ってやればいいじゃない。
「ワシはおまえに本当の足はやれないが、おまえが自分の力で本当の足を取り戻したのなら、その足は人の足名のだから、しっかりと人の道を外さぬよう歩んでくれ」とはならず、真綿でくるむような圧迫感、そして丸投げ感。
>>624
大丈夫だよ (笑)誰も突っ込まないから‼
醍醐景光が民衆に慕われるなんてキャラクター的につまらない。
悪の根源みたいな男のほうが逆に面白い。ほんとにみんなじめじめしてる
百鬼丸の決意は百鬼丸のものだから、今更、寿海が足を作らなくたって変わらないでしょう。
縫の方も寿海も百鬼丸に諦めばかり教えようとするのは何故?
どうして、いちいちジメジメに持っていくのだろう。
結局は、みんな自分で自分の道を行くしかないのに、何故、今作の百鬼丸の周囲の人たちは、百鬼丸を追い詰めることばかりするのか不思議でならない。
本当の世界は知らない方が良いよ、おまえは体を取り戻すことは諦めて精神世界にのみ生きなさいってこと? 旧作アニメの監督さんは百鬼丸を出家させるつもりでいたというけれど、こちらは実現させるつもりなの? なんで、百鬼丸は自分で自分の道を選んじゃいけないの?
自分の体を取り戻すことと、赤子が取り上げられたおもちゃを取り戻すことと同列に扱われるのは、絶対におかしいでしょう。こんなの納得できないよ。
今作では、親にあたる立場の人たちがとことん百鬼丸に干渉してくる。
救えないけれど干渉はしてくるエゴイストばかりで、自分のエゴは押しつけるくせに百鬼丸をエゴイスト呼ばわり。モヤモヤ、ジメジメばっかり。…やっぱり、これは『どろろ』じゃないよ。
寿海も琵琶丸も原作では百鬼丸の行き先を照らす存在だったのに、百鬼丸には諦めばかり教えようとして、真逆な存在になってるよ。
どろろを希望の光の存在として際立たせるために、二人ともキャラを変えられてしまったとしか思えない。そのキャラ本来の魅力を削いで、他に与えるっていうのがどうにもね。
キャラの魅力が死ぬと物語も死んでしまうよ。
物語を進めるために原作のキャラクターが死んで行くので、つまらまいよ。
もはや『どろろ』じゃないので今作に期待は出来ないけれど、今作のアニメどろろが世に出たことで、原作を直に手に取る人が増え、やはり原作は面白い、他の手塚作品も読みたいという人たちが増え、そのことで良い作家が生まれていくのなら、このアニメが制作された意義は大いにあると思う。
自分にとって、今作に対する期待は、その一点のみ。
>>623
国が滅ぶからやめなよとか ひどいよね。ほんとに全く同じことを思うよ。書こうとしたけどおうむ返しになるからやめた。ほんとにそう思う
原作は読んでいませんが
非常に面白いアニメです
また侍アニメという事で注目度も高いです
ちょんまげや日本刀で切り合うっていうのは
日本の文化として観ても面白いです
海外の評価も高いです
しかし2クール目からのOP・EDの歌は
日本・海外ともに評価が低いですね
百鬼丸は人間と戦わずに妖怪と戦えよ❗なんだこの話。身体があるってわかってんなら身体をもってる妖怪探せよ❗話が散らかりすぎてんだよ‼️詰め込みすぎなんだよ‼️なぜシンプルにできないの?こんなのどろろじゃねえわ!タイトル変てくれ。
>>635
賛成です。
鉄腕アトムやジェッターマルスなどでしたら手を加える必要があるかもしれませんが、どろろに手を加える必要性が全く分かりません。
手塚治虫先生がご存命でないから何をやっても良いなんて許されるはずもありません、将来に禍根を遺さない為にもタイトルを変更して下さい。
最初は良かった。オープニングが変わった辺りから微妙になり、もう今は先をみたいとも感じなくなった。
二次創作同人作品(ニセどろろ)まだ続くんかいな、どうでもいいウソの話ダラダラやらんと、一揆の話を丁寧にやった方がエエんとちゃう?
描くべきモノを間違えとる。。
子供を喜ばせたいマンガ作ってるつもりなら、子供が見る時間帯でやるべき、何もかも間違っとるよ?w
>>639
「子供を喜ばせたいマンガ」って、なんだか昭和臭が漂うワードだなあ。
そんなモノ作ってるつもりなわけないだろ?あんな血まみれアニメで。
子供が見る時間帯では、アンパンマンでもやってればいいんであって、このどろろみたいなの流すべきじゃないだろ。頭がオカシイよ、あんた。
自分がオッサンだから、幼稚とか子供とか言っとけば自分にアドバンテージが生じるとでも思ってんだろうけど、あんたは毎回のように的はずれな言葉ばかり吐いて、精神年齢が低すぎる。中坊が背伸びしてしゃべってるんならまだ可愛げがあるが、あんたみたいに生物学的に年食ってるだけのガキは醜悪な老害。
>>650
旧アニメどろろはムーミンの前番組で子供向けだったの知らないの?
なぜモノクロで制作したか知らないの?
故やなせたかし氏がなぜ旧手塚風の絵になったのか知らないの?
やなせ氏が虫プロ制作の映画「千夜一夜物語」のキャラデザインしたのも知らないの?
話になりませんね。無礼にも程がある
>>651
旧どろろは子供向けだったのかもしれんが、それと2019年どろろは別作品だろ?同じ原作から作られているからって、誰向けに作られるアニメなのかは、それぞれのアニメの制作方針だろうが。時代状況も違えば作り手も違う。
やなせ先生が千夜一夜に関わっていたことと、アンパンマンがハッキリと子供向けであることとは別の話でしょ。むしろあんたは、アンパンマンが子供向けであることをバカにしてんのか。無礼はどっちだよ?
>>651
2019年どろろはカラーで血飛沫がとびまくってるんだから、639の「子供を喜ばせたいマンガ作ってるつもりなら、子供が見る時間帯でやるべき」という発言は狂っている。
651は一見すると、多少は穏やかな文体だけど、654に指摘したように、ソレとコレとは話が別だろ?というのを非論理的に結び付ける思考法からして、関西弁のオッサンが別人装って書いてそう。
>>655
>>654
も含めて、マイナス投票されるのはご自由にどうぞだが、投票している人は、双方の論旨を比べて、こちらに瑕疵があると判断してのことなのか?それなら投票してくれて構わないし、加えて、よければ、どこに難があると考えたのか、ご指摘願いたい。
だが、単に、「自分は「つまらない」派だから、このアニメを叩いているコメントにケチをつけた奴は気に食わない」ってだけで、脊髄反射的にマイナスを入れたのなら、まともにコメントを読んだとも言えないんですが。
このコメント自体も、自分に直に矛先を向けてきたってことで気に食わないだろうから、どうぞマイナス投票してくださいよ。
621~623の言う通り!ようやく胸がすく思いがした。
誰一人、自分が代わりに鬼神に喰われるよ!って言わないんだもん。それ言わないくせに、百鬼丸が犠牲になるべき…って、そう生まれついた奴は犠牲になれって、人種差別の始まりだね。
最初は期待したけど、ずっとこんなんで苛々するし、アニメスタッフの人格を疑うようになった。
原作読んでないんだけど、ちがうんだったら良かった。そうだよね。手塚先生はこんな浅い話は書かないはず。
>>644
唯一、おっかちゃん縫の方だけは、それらしき言動(身代わりになりたいみたいな)をとって実際に百鬼丸の目の前で自害しようとしたんですけどね。
第12話の“ばんもんの巻・下”では 「百鬼丸…そなたばかりを犠牲にはしませぬ。鬼神どもよ、これ以上 人の身が欲しければ我が身を!!」と言いながら“胸に懐刀を突き立てて”いました。(そして第13話では“何故か首に包帯を巻いて”臥せっているという…首に巻く必要ないよね?)
で、自害は失敗して、百鬼丸の心にトラウマを植え付けてしまったという、ここでも大失敗をしてしまいました。ですが、本当に死んでしまったら、百鬼丸はより不幸になってしまったわけで。本当に、おかんは我が子の前で何しとるんですかね!(怒!!!)
こんなことして、菩薩像も(実際、力が弱っていたんだろうれど)おかんに愛想尽かして消えてしまったみたいに見えちゃうよ!!!
だけど、自害が成功したとしても相手は鬼神なんで、そう都合良く縫の方の願いを聞き届けたりせずに封印を解こうと力を増すだけで、却ってまずい事態になったのでは?・・・なんて想像しています。(ラストはどうなるか分からないけど、ともかく、おかんが生きてて良かった! もしかしたら、死に急ぐおかんを救うために菩薩像は最後の力を振り絞って消滅したのかもしれない…。)
ともかく鬼神が強くなればなるほど、生け贄を差し出し続けなくてはならなくなるのは目に見えているわけで、鬼神に媚びている間は人間は餌でしかないはず!
…それとも、他に何かあるんですかね、この物語の鬼神の存在意義って。
今作では鬼神をどう描くつもりなんでしょうね。
というか、ちゃんと考えてくれているのかなぁ。
鬼神というのは多分、人の一形態、なれの果てだと思うので、鬼神よりも人を、民衆の方を描いた方が絶対に面白いと思うんですけどね。
というか、人をしっかり描かないと鬼神もしっかり描けないと思うので。
原作のラストは、その部分“民衆の反乱”が、これからってところで終わってしまったので本当に残念でした。どろろの宝の件もうやむやになっちゃったし。
>>646
熱いコメントですね。
すみませんが僕は今作の初回数分見ただけで「これは違う」と思ったのでひたすらアンチコメントと制作者批判を続けています。
少し書かせてくださいね。
縫の方は、原作漫画では景光と共に敗走するが原作アニメでは48番目の妖怪景光に殺される。
共通している事は百鬼丸の事を思って行動している事でしたね。でも今作には心を通わせる場面がない、百鬼丸の何を知ってるての??
“民衆の反乱”とありますが、あれは当時(応仁の乱後)日本各地で起こった一向一揆をモチーフにラストシーンに選んだのだと思います。((一向一揆は浄土真宗主導で宗徒(一向衆)が起こした下克上で、加賀では守護大名富樫を滅ぼして百年間自治をした))
火袋や死化入道とラストの話はそれに関連したものの様に思います。
手塚先生は太平洋戦争に従軍していて自らの経験を漫画にもしていて反戦反権力を色濃く描く作家だったと思います。
話がそれますが、僕の尊敬する祖父は30過ぎて徴兵にかかり手塚先生とおなじ太平洋戦争で大陸に渡り戦いましたが誰も殺さず?生還しました(自らは大怪我したため帰国、終戦)。
その祖父は、僕が子供の頃ロボットアニメを見ていると「戦争ってこんなカッコイイもんやなんやぞ、、」と、聞こえる様にボソッと言っていたのが忘れられない(手塚作品を読んでいると思い出すのだ)。。
祖父の家には本物の軍刀やら錆びて動かない南部式拳銃があった、軍隊でもらったらしきアルバムには昭和天皇皇后の写真と日本兵が敵を馬乗りになって撃ち殺してる場面やら切り落とした首を持っている写真があったな、、
今で言うイメージビデオみたいな感じのアルバムだった。。
はなしが大きくそれて済みません、、
「どんぶりばら」の話は原作アニメ放映と雑誌掲載がほぼ同時期だったので三郎太もお米の出演も難しかったかと、、
雑誌には「かじりんこん」なども絵的に紹介されていたが漫画にはならなかったし、、
>>648
646です。コメントありがとうございます。
・でも今作には心を通わせる場面がない、百鬼丸の何を知ってるての??
百鬼丸とは碌に会話もしていないですもんね…醍醐家の人々は話せるのに何故かコミュ障ばかり。言葉のキャッチボールが、まだないですよね。
今作の縫の方の行動(自害を図る行為)は唐突で、悲劇のヒロインを演じているみたいに不自然でした。
・“民衆の反乱”とありますが、あれは当時(応仁の乱後)日本各地で起こった一向一揆をモチーフにラストシーンに選んだのだと思います。
・火袋や死化入道とラストの話はそれに関連したものの様に思います。
史実を交えたお話、ありがとうございます。
景光が架空の人物であることは分かっていたのですが、大人になっても不勉強なままでしたので、加賀一向一揆のことも、原作で醍醐景光が仕えたとされる大名 富樫政親が実在していたことも、恥ずかしながらつい最近知ったばかりです。
ですが、妖怪物ではあっても、原作『どろろ』が唯のファンタジーでもお伽噺でもなく、歴史を反映して描かれた戦争という人類の悲劇を描いた物語であるということは、初めて原作コミックスを手に取った子どものときにもヒシヒシと伝わりました。
みおたちが住んでいた廃寺が焼き払われた話、ばんもん、そして四化入道と、物語の背景が緻密に描かれていましたので、この悲劇にはきっと史実が反映されているのだろうと。
特に今は無きベルリンの壁については、当時のニュースでもよく流れていたし、ベルリンの壁について描かれた漫画をどろろよりも先に小さな頃から読んでいたので、本当に世界にはこんな無慈悲な、恐ろしい出来事があるのだなとショックでしたので、ばんもんの巻を読む度に、ベルリンの壁とは、なんて悲しいものなんだろうと思っていました。
私にとって『どろろ』は唯の漫画でも、唯のお伽噺でもファンタジーでもなく、人間がこれまでに辿ってきた悲しみの歴史を、子どもにも分かるように伝えようと描かれた物語だったのです。
>>648
(666の続きです。ところで666って、オーメン… ^^;)
ですので、“祖父は、僕が子供の頃ロボットアニメを見ていると「戦争ってこんなカッコイイもんやなんやぞ、、」と、聞こえる様にボソッと言っていた(手塚作品を読んでいると思い出すのだ)”と仰っていること、少しだけでも理解できていると思います。
手塚先生の描いた『火の鳥』も、まさにロボットが出てくる『鉄腕アトム』にも、格好いい戦争なんて何処にも描かれていなかったですよね。私はアトムはアニメの方は殆ど記憶が無く、漫画の方がなじみ深いのですが、「地上最大のロボット」は、特に読んでいて本当に悲しかったです。アトムに出てくるロボットはみんな感情を持っていて本当の人間みたいだったから。
・「どんぶりばら」の話は原作アニメ放映と雑誌掲載がほぼ同時期だったので三郎太もお米の出演も難しかったかと、、
私はてっきり、視聴率に伸び悩んでいて路線変更した結果、お米たちが出てこないことになってしまったのだとばかり思っていました。路線変更のあおりじゃない可能性が大きいのなら、ちょっとだけホッとしました。
・雑誌には「かじりんこんなども絵的に紹介されていたが漫画にはならなかったし、、
そこで、「かじりんこん」だけでもと、旧作アニメには出したということですね。
情報をありがとうございました。
>>644
646ですけど、原作未読と仰っているので、再度コメントさせてください。
「妖刀の巻」 「ばんもんの巻」の見どころが、今作のアニメでは大幅にカットされていたので、『どろろ』のファンとしては原作の一読をお薦めしたいです。
どちらも原作の方が暗いといえば暗いのですが、登場人物の誰もが心からあがいて生きている様が丁寧に描かれていたので、その分、自分にはメッセージ性も余韻も大きかったです。
今作のアニメは、妖刀の巻で百鬼丸が奪われた体を取り戻すシーンは良く計算されていて雰囲気も良かったけれど、田之介の心情について一番盛り上がるシーンがばっさりカットされていて、百鬼丸の田之介と対峙したときの葛藤、村を去るときの心情が描かれていないので、こちらについては是非とも原作を読んでみて欲しいと思います。
どのシーンかはナイショですが、いろんな表情を見せている どろろが とても可愛いので、是非!
それと、次回 第22話のアニメのタイトルが「縫の巻」なので、あと二話で「四化入道の巻」と「どんぶりばらの巻」は今作でやれるとは思えないので、そこが残念です。詳細は伏せますが、どちらも印象深い話だったので、今作でも観たかったな…。
原作の「どんぶりばらの巻」では、今作でこれまでに登場しなかった、おそらくは、みおと人気を二分する影のヒロイン“お米”が出てくるので、こちらも注目して読んでいただければと思います。(旧作アニメでも お米は出てこなかったので。)
>>647
644です。分かりました!原作に挑戦してみますね。
熱いお言葉、有り難うございました。
ただ646分について少しだけ。縫のあれじゃダメなんだと思うんです。本当に代わりになる気から、お堂に行って祈るとかさ…なんかパフォーマンスに過ぎない気がしたから。
とりあえずアニメはいまいち、原作は深いよ!って事ですね。了解です。
>>657
※アニメ12話未視聴の方へ すみません、こちらもネタバレありです。m(_ _)m
・本当に代わりになる気から、お堂に行って祈るとか
そうなんですよね。百鬼丸には生贄であり続けることに甘んじて欲しいというようなことを
つらつら述べて、我が子の目の前で「私はそなたを救えませぬ!」と絶望的なことを言い放っておいてからの自殺未遂って、百鬼丸に無理心中を迫っているのと同じぐらい残酷なことだと思います。
私もがそこまで思い詰めているのだったら、景光がそうしたように縫の方も一人で地獄堂の鬼神像の前で自害を図れば良いのにと思っていました。
鬼神に祈るのなら、その方が手っ取り早いですし、何も目の前で百鬼丸を追い詰め苦しめることもないのにと。
あのおかしな展開は、結局はアニメスタッフが良い画を作り上げたかった、こうすれば盛り上がるのではと考えて、原作の縫の方のキャラクターをいじってしまった結果だと思います。
今作アニメってこういうことを美談にしようとしているきらいがあるので、大いに不満です。あの、頭がどうかしちゃったんじゃないかとしか思えない、醍醐景光のうさんくさい自己犠牲発言とか、百鬼丸の悲願を「取り上げられた玩具を取り戻そうと泣きわめく赤子」扱いする縫の方と琵琶丸とか、人間味がなさ過ぎで、とても受け付けられません。
原作のテーマは人権を取り戻そうとあがき、立ち上がろうとする人間の物語だったはずなのに、今作のアニメはコミュ障をテーマに取り上げた物語なのかってぐらい、おかしな展開ばかりなので原作ファンとしては、非情にがっかりしています。
ラストぐらいは綺麗に纏めて欲しいですが、ちゃんと終わるのかなぁ…。
>>657
再度のコメントすみません、661です。
あと、誤字があったりレイアウトが崩れたりしていて、すみません。
原作は手塚先生が諸事情で急いで終わらせてしまったといわれているけれど、原作を読んでいると、先生はキャラクターの一人一人に愛情を注いで描いていらっしゃたのだなと思います。最後のシーンまで、百鬼丸と どろろ、そして民衆の心が丁寧に描かれていますので。
未完とは言われていますが、原作ファンとしては読んでいただけると嬉しいです!
私は旧作アニメと連載をリアルタイムで観ることはなく、小学生の頃に姉から単行本を借りて読んだくちなんですが、成人して新しい版を買って読んだとき百鬼丸のセリフが変わっていて、とてもショックでした。子どもの頃に読んだ版は、まだ言葉狩りにあっていなかったので、百鬼丸が自らの体の欠損を嘆いたときの悲しみがストレートに伝わって来て、思わず泣いてしまったのですが、新しい版では、体が不自由とか、目が不自由とか、そういう薄められた表現に変わっていて、そのことの方が悲しかったです。百鬼丸は自分が持っていないということを悲しんでいたのに…。
ですので、原作の良さを味わうなら、出来ればもとの形を残した古本の方が良いと思います。 長文失礼いたしました。m(_ _)m
>>662
昭和40年代までに重版されたものがおススメですね、僕が持っている単行本版・文庫本版・全集版は、断片的に持っている雑誌版とあまり変わらないですよ。
>>657
すみません、661、662です。661の間違いが酷すぎたので訂正です。
×景光がそうしたように縫の方も一人で地獄堂の鬼神像の前で自害を図れば良いのにと思っていました。
○景光がそうしたように縫の方も一人で地獄堂へむかい、鬼神像の前で自害を図れば良いのにと思っていました。
だけど、やはり、これが一番まずい展開になっただろうな・・・。
ですので、縫の方は再び菩薩像に祈ってくれた方が良かったです。あの菩薩像ではなくても。
ともかく、生きていて、百鬼丸のことを信じてあげないとですよね。
そうでないと再び百鬼丸を捨てることになってしまうので。
前半はシリアスで泣ける話が多かったけど、後半は作画崩壊やシャークネード回など違ったベクトルで笑わせてくれる話に変わった
次回のギャロップ回にも期待
みんな文章が長すぎる
原作を読んでいないんですが
アニメは面白いです
オリジナルストーリーなのか原作どうりなのかわかりませんが
アニメは、まだ途中なので
ネタバレだけは勘弁してください
とりあえず、「どろろ」という手塚先生の作品が
世界へ向けて発信されたことを喜ぶべきでは?
私が気に入らないのは
OPの歌をアジア?だかカンフー?だかわからない
変な人達が歌った事です
手塚先生やどろろへのリスペクトも無い歌手で
さらに名曲が1曲もない歌手
あんな歌しか歌えないのならNGにして
歌手を変えるべきでしたね
>>658
詐欺、詐欺と、いつまで言い続けるんだ。もう聞き飽きたよ。
原作と違うのはとっくに明らかなんだから、詐欺がイヤなら見なきゃいい。始まったばかりの時期に「原作と違う!」と言うんならわかるが、いまさら言ってるのはアホだろう。
俺はこのアニメが、原作をどんな風に変えてくるのか?という興味で見ている。やろうとしていることは何となく透けて見えるし。
現時点ではほぼ失敗という評価だが、最後の着地点までは見届けたい。
原作と違うという不平はいまさら過ぎる。その違いに意味があったのか無かったのかが問題だ。
>>668
アニメの序盤で今作にワクワクして、今はつまらない派ですが激しく同意です。
私の場合は違っていて、ガッカリしても見続けてしまうのは、もしかしたら今作は場外ホームランを打ってくれるかもしれない、そんな気持ちがどこかでくすぶっているから。
折角ここまで山を登ったんだから、諦めないで、頂上までいってみよう、そんな気持ち。
多分、ここで熱心にコメントしてしまう人は表現は違っていても、つまらない派、おもしろい派、どちらも今作に面白いラストを期待してるんだと思います。
>>668
わかる。たまに面白かったりするけど、は?ってなるときもあったりして文句いいながらも見てる。どろろが好きだから最後まで見る。録画もしてるけど、何回も見直すほどの作品ではない。けど、一応マニアなので、どろろとなのつくものはチェックしてる。
ほんとのほんとに面白くなかったら見ないのかなとは思う。今やってる鬼太郎は拒否反応で見なかったし。
まあ、最後が気になるよね。
661~663さん、657です。
色々有り難う、古本が入手出来るかは分からないけど、すごく伝わってきました。
私も昔、手塚治虫ファンから評価の高いどろろ…と聞いたので、読んでみようとした事があったんです。その時は手に入らなかったか何かで読めなくて。
だから今回、アニメに期待して楽しみにしてたんだけどな。
661さんの言ってること、本当その通り!本当そうなんですよ。
別に縫に犠牲になって欲しいわけじゃないし、身代わり可能かなんてわかんないけどさ。でも何でみんな百鬼丸が身体取り戻すのはいかがなものか空気なのよって苛々しちゃう。民のため、なら、どろろ、君が身代わりだっていいんだよ。見事に自分がやる気の無い事を人に押しつける人ばかりで、嫌になっちゃったのでした。
661~663です。返信ありがとうございます。
・別に縫に犠牲になって欲しいわけじゃないし、身代わり可能かなんてわかんないけどさ。でも何でみんな百鬼丸が身体取り戻すのはいかがなものか空気なのよって苛々しちゃう。
ホント、ホント、その通りですよ!
集団いじめみたいで、見ていて嫌になっちゃうんですよね…。
・民のため、なら、どろろ、君が身代わりだっていいんだよ。
実際に祈願するかどうかは別として、原作のどろろなら、百鬼丸が今作のような事情なら「あにきと代わってやりたい」ぐらい思いそう。
…むむ、もしかすると、端から見るとあまりにも不自然なこのストーリー展開は、どろろに自己犠牲をさせようとしているのかも!
どろろの一途な思いが百鬼丸を救う」とか、「実はどろろは仏様の化身だった」とか。
前者は良いけど後者は嫌だな。
どろろには絶対に死んで欲しくないけど、後者だと思いっきりファンタジーになってしまうから、どろろには人間の子として、懸命にあがきながら百鬼丸の力になって欲しいなと思います。
でも本当にどうやって終わるんだろう…まさか3期はないと思うけど。
遅い時間に失礼いたしました。
>>676
それ、聞きたいですね! 百鬼丸のしびれるセリフの一つだったんで。
(以下、ネタバレ)
ですが、このアニメの百鬼丸は21話で、醍醐へ行ってもし、また景光と縫の方が来たらどうするんだと、どろろに問われて「邪魔するなら斬る」と即答していたので、「俺は女は斬らん」は言わないかと。続いて、どろろがそばにいれば良いんだという主旨の返答だったんで、言うとしたら「どろろは斬らん」になるかと。
原作の百鬼丸は身内に酷いことをされていても情が深いので、悩み、苦しむ様が描かれていたけど、こちらの百鬼丸はドライで多宝丸を弟と知っても全力で斬り掛かるようなキャラなので、敵とみなせば男女の区別なく誰でも斬りそうに見える。
>>677
好きなシーンなんだけどね。あれを省いちゃうとどろろじゃないなあ。既に尼さんが女の子って明言してしまったけど。本来、どろろが百鬼丸に素っ裸にされて真っ赤になったり、イタチに なぜお前の親は男として育てたんだろうと言われても 一応女の子とは書いてない。最後に百鬼丸がお前は女なんだと告げる。大事なシーンなんだけどね。漫画だと自分が女だとわかってないけど。このアニメだとわかってそう
>>681
(※原作未読の方へ、ネタバレしてますので、ご注意を!!)
>好きなシーンなんだけどね。
これまでの流れだと省かれそうな嫌な予感…。
なにしろ、あの尼を出すこのアニメなんで。
>最後に百鬼丸がお前は女なんだと告げる。大事なシーンなんだけどね。
そう、そう。そこでどろろは自分は女の子なんだって強く意識したんじゃないかと思う。
そして、百鬼丸に対する恋心に気づいてしまうと。
自分のことは男だって言い張っていたけど、あのシーンのどろろは仕草も表情も女の子だったもんね。
>漫画だと自分が女だとわかってないけど。
うーーん、これは私は、どろろは自分では気付いていたんじゃないかって気がする。
どろろがあんまり臭うんで、川に落ちた どろろをそのまま沐浴させようと、百鬼丸がどろろの着物を脱がせたとき、どろろは顔を赤らめて前屈みになって「胸を隠していた」んで。
自分のことを本気で男の子だって思っていたのなら、背中のいれずみの方を隠したんじゃないかなって思うんだ。
こういう どろろの女心をアニメでは描いてくれないんでつまんない…。
手塚先生のあの繊細な表現がアニメでも観たかった!!
だから、あの尼はいらんのじゃ!!
「天の邪鬼の巻」で、そこを埋めようとしたんだろうけど、私が観たかったのはそういうのじゃないんで、どろろの乙女心をコメディー回でやられても物足りないのよ…(溜息)
>>685
いろんな意見、捉え方があっていいと思う。それこそ手塚治虫は敢えて曖昧にかいて読者に想像させたと思う。
百鬼丸が、親が強く育てる為に男として育てたのかもな、とか 自分で自分が男か女か知らなかったのか?と聞いてるので… 自分としては女だと認めたくないというか 百鬼丸との旅で薄々感じてはいたけど、自分は男だと言い聞かせてたんじゃないかと。そんな風に思ってる。男だと思いたいけど、知らず知らずのうちに焼きもちやいたり、体を隠してしまったり。と、解釈していた。
敢えてそこは謎のままがいいかもね( ´∀`)
676さんの“原作の百鬼丸の 俺は女は斬らん”は自分も聞きたいセリフの一つではあるけど、寿海を「おっかちゃん」と呼ぶようなアニメの百鬼丸には果たして男女の概念があるかすら定かではないので、期待は薄いかなぁ。
(話が逸れますが、寿海をおっかちゃんと呼んだのは、自分のことを心から心配して無償の愛を注いでくれる人って意味で言っていたと思われるので、意味としては間違ってないですけどね。)
以下は677関連として。
このアニメの百鬼丸は、外界からの情報がほぼ遮断された状態で育っているので、家族という概念が常人とは違うから、多宝丸をためらわずに斬れるということになるのかな。
そうすると、表面上はドライに見えるけど愛情や敵意に対して純粋に反応して、自分にとことん正直に生きているってとこかな。…端から見ると乾いた薄情者に見えてしまうという点では、原作の百鬼丸よりも可哀想に思えます。
萩尾望都先生は、母親から理解されず、コミュニケーションが上手く取れない自分を外界から閉ざされて独自の進化を遂げたガラパゴス諸島のイグアナのように思っていて、『イグアナの娘』を描いたというけれど、このアニメは母親を家族に置き換えて描いた作品と言えると思う。
今作を原作と比較して観ていたのでつまらないと思っていたけど、このアニメは『イグアナの娘』と比較して観た方が理解しやすいし、面白いのかも。
コミュニケーションの断絶をテーマに盛り込みたかったのなら、萩尾望都先生に脚本を書いて貰うか協力して貰えたらもっと面白くなったと思うな。
>>678
確かに男とか女とかわかってないか、わかってても関係ないかも…
どろろが女なのはもうわかってるけど、百鬼丸の口から聞きたいよね。
>>680
そうそう、そういう「あにき」がみたい!! それこそが、百鬼丸が 「あにき」たる所以。
百鬼丸のアイデンティティーそのものだったんで。
百鬼丸は「どろろがいる」とか言っちゃってるけど、信頼や絆よりも依存って感じだ。だから二人が引き裂かれる気がしてならない。
>>679
「信頼よりも依存って感じだ。」 ← 引き裂かれるかは分からないけど、こちらに1票入れました。
そこなんですよね。依存が強くでちゃってるから、こちらの百鬼丸は「あにき」って感じがあんまりなくて赤ん坊みたいで感情移入しにくいし。
同情はするけど、周囲から赤子扱いされるのは仕方ないのかなぁ…。
そもそも、このアニメに出てくる主要人物の中に大人らしい大人っているのか、そこも疑問。
原作の琵琶丸と寿海は大人だったから、その点 安心して読めたんだけど。
やっぱり、赤ん坊みたいな あにきは面白くないよ~。
お米出して欲しかった。中盤くらいに出してロボットのような百鬼丸に感情を与えて欲しかった。
いつも煙たがられて邪魔者扱いされる百鬼丸と、回りから相手にされないお米って共感できる部分があったんじゃないかと思うんだ。今のアニメじゃお米の設定はまずいだろうけど。そこはうまく変わり者で相手にされないとか改編すればいいし。お米にとって百鬼丸は、初めて自分を認めてくれた存在だし。百鬼丸にとっても好意をよせてくれる人はいなかったし。まあ、あまのじゃくで変な女の子いたか…あのこ出すなら原作ファンとしてはお米出して欲しかったなあ
>>682
※すみません、原作のネタバレ満載です。
アニメの「おこわ」って名前からして「お米」の補完キャラクターっぽいですよね。
「おこわ」を出すことで、問題の沐浴シーンでのどろろのお須志に対するヤキモチとか思わず胸を隠してしまう乙女心とかを穴埋めしたんだと思うけど、やはり「おこわ」は百鬼丸の人生に特別影響を与えるような人物ではないので、仰るとおり「お米」は、この物語には必要なキャラクターだったと思います。
>百鬼丸にとっても好意をよせてくれる人はいなかったし。
そうなんですよね。お米って、百鬼丸だけではなく、読者にとっても貴重な存在でした。
それでいうと、鯖目のキャラが変えられちゃったのも、原作ファンとしては嫌だった。
原作には僅かながらにも、百鬼丸の気持ちを理解してくれる人、共感する人がいたんですよね。だけど、今作には殆どいないし、否定ばっかりしてくる人だらけなんで。
ともかく変な尼 出したりするよ「お米」、おこわ より「お米」です!!
(怒りのあまり「尼」が「屁」に見えちゃったよ!)
>>682
7,8,10,のオリジナル回のどれかを割けば、お米を出せたのに、残念です。
憶測になってしまうけど、脚本家さんが、女性キャラを描くのが好きじゃないんじゃないかという気がしています。
みおには力を入れていたけど、みおに関しては、あの仕事がもとで間者疑惑が掛けられて死ぬことになっているし、お自夜は原作ではお坊さんから施しを受ける筈が、イタチの前で屈辱に耐えながらお粥を貰うことになっていたし。…縫の方も、母親として?な行動を取るし。
多宝丸に力を入れたり、寿海と琵琶丸を原作より多く出演させて活躍させているわりに、主役の どろろの影が薄いし…。
このアニメに関しては、脚本家さんの好みの百鬼丸を書いたら、こういう話になりました、という印象。
監督さんの意向があるのかもしれないけれど、まいまいおんばの回も奥方はキャラデザが綺麗なのにワンシーンしか出てこなくて、ずっと妖怪の姿のままだったんで、あまり女性を魅力的に描こうという気持ちがないような気がする。
…魅力的な女性が少ないとつまんないですよね。
さっきと表示が違っていると思いますけど、685です。
>百鬼丸が、親が強く育てる為に男として育てたのかもな、とか 自分で自分が男か女か知らなかったのか?と聞いてるので… 自分としては女だと認めたくないというか 百鬼丸との旅で薄々感じてはいたけど、自分は男だと言い聞かせてたんじゃないかと。そんな風に思ってる。男だと思いたいけど、知らず知らずのうちに焼きもちやいたり、体を隠してしまったり。と、解釈していた。
百鬼丸のセリフ覚えています!
その件ですけど私も書いた後、そんな風に思いました。
どろろって、百鬼丸の前だと突然ヤキモチ焼いたり、胸を隠してたりしてたけど、普段はあの通り前がガバッと開いている服を着ているし、四化入道のときは百鬼丸の前で素っ裸で泳いでいたし…。
それで、あのときは胸を隠していたどろろが、どうしてここでは何にも気にしていないんだろうって不思議に思って、ストーリー展開の都合で手塚先生が、その回ではどろろを無防備にしたのかな???なんて思ったんですけど、きっと仰る通りだと思います!
ちょっと話が外れますが、イタチの前で突っ伏して泣いていたときも、背中に入れ墨を見られた悔しさだけではなく、女の子として裸を見られた悔しさもあったと思うんですよね。
おそらく母親からは女の子とは教えられていなかったけれど、百鬼丸に出会ってからは、これまで知らなかった気持ちが芽生えて来て、ときどき女の子に戻ってしまったというか、自然と女の子らしい振る舞いをしてしまったということだったのかなぁって。
四化入道の時と違って川に落ちたときも、イタチのときも心の準備が出来ていなかったんで、女の子モードになったのかなぁと。
それと両親の方針もあったんだろうけれど、戦国の世なので、発表順からして順序は逆ですが、どろろは『ゴールデンカムイ』のアシリパみたいに、新しい時代を生きようと強く願う気持ちがあったので、自分で自分の身を守れるようになりたくて、あんなに刀にあこがれていたのかな、などとも思ったりしています。
(タイプが違うので嫌って方もいると思いますが、時折主役二人が、どろろと百鬼丸みたいに見えるんで…。)
>敢えてそこは謎のままがいいかもね( ´∀`)
原作のそういう さじ加減が絶妙なんですよね。
全部は語らず敢えて伏せる心理描写の繊細さが、たまりませんよね!(*´▽`*
むつ まさかの女…そんな設定いらないなあ もう女斬ってたわ。
う~ん…今回の話はグチャグチャでひどいな
百鬼丸キャラ崩壊しすぎ
>>690
陸奥は、あの顔立ちであの声なので男装している女性で多宝丸のことを慕っているのでは?と思いながら見ていたのですが、前回の21話のときの子ども時代の顔つきや、百鬼丸に腕を切り落とされて片肌脱いで包帯を巻いていたときには胸が全くなく男性的な体つきに見えたので、あれ、女性と思わせておいて実は男性じゃん!ミスリードだったのね・・・と思ったら、それ(21話)こそが自分にとってミスリードでした。
百鬼丸のキャラ崩壊もすごいけど、多宝丸はいろんな意味で凄まじいほどキャラ崩壊してましたね・・・

